神奈川県秦野市の歴史

秦野市は、神奈川県中西部の市です。平安時代末期から鎌倉時代にかけて、平将門を討伐したことで有名な藤原秀郷の子孫・佐伯経範が1030年ごろ秦野に移り住んで波多野氏を名乗りました。後に支流として、松田氏・渋沢氏・河村氏・栢山氏・大友氏・沼田氏などが出て、相模西北部にその一族の勢力を伸ばします。現在の秦野市内、足柄上郡松田町・山北町、南足柄市、小田原市の一部です。
波多野城は一族の居館です。 その後、鎌倉幕府の御家人となり、後の戦国大名の波多野氏となりました。私の知り合いに、ご結婚されて波多野さんと言うお名前になったのですが、初めて聞いた時には漢字3文字で変わっている名字だなっと思ってしまいました。まさかその波多野さんの名字が、秦野市と関わりがあった事にビックリとともに面白いなっと思いました。名字にはいろんな地名が使われる事が多いですが、たまたま調べた地名が知り合いの人の名前とあって、自分の名字も何処から来たものなのかなと気になります。
1969年に市庁舎が落成しました。市制施行以来、市庁舎として使用していた旧秦野町役場を、昭和44年10月27日に桜町へ新築移転しました。庁舎落成記念式典は、市政15周年を迎えた翌年1月1日に行われました。1981年には東名インターが開通しました。東名高速道路秦野中井インターチェンジが昭和56年4月25日に開通しました。インターへの開設で市内から東名高速への直接乗り入れが実現し、交通の利便性が高まりました。また、物流も効率的になり、企業の立地条件の有利性も向上し、産業の発展にも大きく貢献しました。