神奈川県平塚市の歴史

神奈川県には、平塚市という県のほぼ中央に位置する市があります。特例市に指定されていて、かつては東海道の宿場町だったところです。平塚市には、「ふるさと歴史かるた」というのがあり、ふるさとの自然や歴史などを題材として、ふるさとの再発見を通して、次代を担う青少年や市民のみなさんに郷土への誇りや愛着を高めてもらうために、異世代間コミュニケーションへの呼び水となることを願って、市制施行70周年を記念して作られたそうです。
「ふるさと歴史かるた」の読み札には一般公募が募られ、小学校三年生の児童から最高齢90歳までと924名が参加しているそうです。平塚市を象徴する45の題材に、3,814首もの力作が寄せられ、ふるさと平塚を大切にする気持ちが伝わってくる作品ばかりで、選考には随分と苦慮されたようです。皆から愛されている都市なのだと思いました。
現在「ふるさと歴史かるた」は、社会教育課、博物館及び美術館で1セット500円で販売しています。市民が考えたかるたで歴史を綴ってあるなんて、とても素敵な都市だと思います。平塚市には古い歴史もあり、縄文時代 からの歴史が残されています。市内五領ヶ台、万田に集落が発生し、五領ヶ台の縄文遺跡では住居跡、貝塚等が検出されています。この遺跡は「五領ヶ台貝塚」として、1972年、国の史跡に指定され、出土した土器は五領ヶ台式土器と称され、縄文時代中期の土器の代表的な様式のひとつとされています。
また1945年7月16日 に平塚大空襲があり、陸軍戦闘機「疾風」で有名な日本国際航空工業や、第二海軍火薬廠、横須賀海軍工廠分工場、第二海軍航空廠といった軍直轄の軍需工場の密集する平塚市は、当時の市域における面積の約8割、戸数の約6割を焼失、死者237名、重軽傷者268名、罹災戸数7,678戸の大被害を受けました。このとき落とされた爆弾の数は1162.5トン、447,716本で東京都八王子についで第二位となっています。戦争時代の事はもちろん生まれていなく聞いた話しか知りません。ですが、自分のお婆ちゃんが子供だった時代です。人ごととは思えない歴史です。